2013年12月27日金曜日

たくさんのしつもんの中で

「なんでタマはおはなしできないの?」

最近おしゃべりの上達が著しいウタから聞かれて
ドキッとした質問がこれ。
いつかは来ると思ってたけど、今日だったか。
3歳と14日目のウタの質問はするどい。

アイコンタクトとジェスチャーだけで
姉妹2人があはは、うふふと楽しめる時期は
少しずつ過ぎ去っていくんだな。
でもこれは、言葉を獲得しつつあるという
喜ばしいウタの成長でもある。

「なんでだろうね。音を聞くのが難しいから、
おはなしがまだ上手にできないんだよ。
でも手話で少しお話はできるよね。」
そう説明したらウタはわかっているような、ないような。

かくいうウタは、おしゃべりが上手になって
本当に落ち着いた。
自分の思いを他者に表現できることが、
こんなに人を安定させるんだ、とつくづく思う。
言葉があることで、
頑張ったり我慢したり期待したりできるようになった。
毎日いつでも「なんで?」を連発して
私は、その好奇心と吸収力にため息が出る。

最初に書いた質問だって、彼女にとったら
その中の取るに足らない問いかけのひとつに過ぎない。
日常の「なんで?」を解消するには
言葉での説明も必要だけど、
きっと私の態度も必要なんだろうなと思う。

たとえ、今は声でおはなしできなくても
私がタマとのコミュニケーションを
ないがしろにしていないか?
タマの思いに心を寄せているか?
タマの表現を見逃していないか?
そう問いかけられたように感じて
身が引き締まったよ。

おはなしできなくても
意思疎通はできるんだよ。


。


2013年8月22日木曜日

障害を感じるとき

タマが心臓病で難聴だけど
私には障害を持った子を育てている
という大変さ(?)みたいなものはない。
風邪をひけばそばについてやり、
泣きわめけば何か嫌なことでもあったのかと心配する。
そんな普通の親でいると思う。
大変さというよりはむしろ、
タマとウタの子育ては喜びに満ちていると言って良い。

でもそれって、タマがまだちいさいからかなとも思う。

はじめてのおつかいっていつだろうな
クラスメイトに馴染めるだろうか
初恋は誰かな
どんな仕事につくのかな
結婚するのかな
子供ができたりするのかな

タマはまだ、立って歩いてもいないのにそんなことを想像する。
そして、そのどれもが貧困な想像力だなとがっかりする。

その全部がなくても、幸せな人生はきっとあるはずだから。
でも、私はその人生を知らない。
当たり前だけど、たったひとつの人生しか歩めないもの。

だから、タマにもウタにも沢山の人と出会って欲しい。
いつも他力本願な私だけど、子育てに関しては殊更そうだなと思う。

いつも障害は私のこころの中にある。














2013年7月11日木曜日

その時々にひきうけることだけ


6月末、ウタのぐずり方がとても激しかった。
「イヤイヤ期真っ盛りの二歳児だから」と言ってしまえば
それまでなんだけど、気になっていた。

子育ての参考にするのって一番に自分の生い立ちだった。
就学前までほぼ家庭保育で育てられた私にとって、
ウタを二歳から保育園に預けることは
親にしてもらったことを、私は子にしてやれていない
という負い目があって、
だけど、それだけが育て方の全てではない。
母と私では子育ての状況が違うもの。

でも、なにか少しつまづくことがあると
そのちょっとした負い目のせいにしてしまう。
「ウタのぐずり方がこんなに激しいのは保育園に預けているせい?」

6月のウタは通園皆勤賞。
月曜日から土曜日までまったく休まず
それも本人の口から「うさぎ組さん行きたい」と
起きてまず口を開けば、その一言。

6月中は私も妊娠初期をつわりのせいで憂鬱な気分で過ごしていたので
全く気にならなかったし、むしろ助かった。
そして私の気持ちが落ち着いて来るとともに
ウタのヒステリックなぐずり方が始まったように思う。

と、いってもほんの4、5日の短い間だったが。
これがピタッと落ち着いたのが、初めてウタが
「うさぎ組さんお休みする」
と自分から言ったときだった。
保育園を休んだその日の夕方からまる2日間
上がったり下がったりしながら40℃近い熱を出して
週末を過ごし、月曜日には復活、そして登園。

熱が出るのわかってたから「おやすみする」
って自分で言えたんだな。すごいな。と思ってたら
今度は火曜日の朝に元気そうだけれど「今日はお休みする」っていう。
なんにしろ、保育園よりおうちにいたいという意思表示が
夫婦ともども嬉しくてタマまでろう学校を休ませて、
家族4人でのんびり過ごすことにした。

ゆったりのんびりした気持ちで
家族4人で過ごしたのが、久しぶりだな〜嬉しいな〜
って自分で感じたくらいだから
6月中、どれだけオットさんもウタもタマも頑張っていたことか。

この日を境に、ってきっぱり線引できるくらい
ウタは落ち着いた。
ヒステリックな泣き方も、朝早くからの「うさぎ組さん行く」コールも
なくなった。上手に甘えてくるようになった。
びっくりした。

最初に負い目が・・・とかなんとか書いたけれど
このウタの様子や、私自身の気持ちをあわせて考えると
その時々に必要なことは、こどもがサインを出して教えてくれている。
と思えてとてもホッとしたのだった。
そして、この変化といったら!!!

私に必要なのは、自分の生い立ちを参照して負い目を感じたり、自分の決定に不安を持つことじゃない。
そうではなくて、ただあなたと一緒に過ごせることが
嬉しいんだよと伝えること、それだけなんだな。
そう思ってすごくホッとした。
きっと、私の親が与えてくれたのもそういうもの。

保育園に入れるか入れないか?
小学校はどこへ行かせるか?
他の子をいじめていたら?
あるいはいじめられていたら?
家出したら?
万引きしたら?
知らぬ間に妊娠してたら?
誰かを傷つけたり、傷つけられたら?
子育て中の悩みはきっと尽きないし
問題はどんどん複雑になるんだろうなと思う。
だけど、そのひとつひとつをサインだと思って
全力で親子でコミュニケーションするしかない。

あなたがいて
嬉しい、楽しい、誇らしい
あなたが悩めば
苦しい、悲しい、辛い
だから一緒にいさせて。

親はそうすることしかできないんじゃないか。

そんなふうに思いました。
いつかまた別の悩みにぶつかった時に
未来の私がごちゃごちゃ考えても初心に帰れるように
書きとめたいと思ったこと。


                 

2013年6月12日水曜日

梅雨はまだ明けていませんが、気持ちは晴れてきました。

先月は悶々と過ごしていましたが
ようやく先週くらいから元気に過ごせるようになって来ました。

つわりというより、うつ状態で
やる気が全く起きない
明日が来るのが憂鬱
子どもの世話はしたくない
好きだった台所に立つ作業も苦痛
人にもあまり会いたくない
外にも出たくない
「自分が障害を持った子を生んだくせに
ろう学校にも連れて行ってやれない」
とか、
「ろう学校に通わせるために保育園に預けてるはずなのに
結局、自分が楽をするためじゃないのか」
とか、
普段では考えられない自虐ネタで
おいおい泣き暮らしていました。
だから、生活はほとんど全部オットさん任せ。

これが妊娠中の1%の人に起こるという妊娠うつなのか
そうでないのか定かではありませんが
心療内科にかからないといけないな
と思ったのは1度や2度ではありませんでした。
唯一よかったと思えるのは
食欲は落ちず、睡眠もよくとれていたこと。
(さすが私!)
こうして、やる気が出たと思えるようになったのが
ようやくひと月たってから。
(ということはやっぱりつわり?)

こんな自分もいるんだな
と悲しいような、愛しいような気持ちで
ちょっと前の自分を眺めている自分が、今はいます。
ホッとしています。

自分のことが少しも好きじゃない状況になると
子どものことだって、オットさんのことだって
「愛せる?無理!愛せない!」
って、なるんだなぁとそら恐ろしくなったから。

ちょっと・・・おおげさかな?
でも、いままでのらりくらりと生きてきて
自分の人生で一番の危機だったなあって思います。

ずっと支えてくれる家族に感謝。
おなかをポコポコ蹴り始めた3人目ちゃんにも

母はへなちょこだけど、いつもあなたたちを愛していたいんだよ。








2013年5月9日木曜日

3人目の妊娠と新しい生活の始まり

備忘録的に

先月、3人目の妊娠がわかり
タマはろう学校(母子共学)の幼稚部、ウタは保育園へと
通う生活が始まった。
2人いっぺんに集団生活に入ることで
生活がガラリと変わるな・・・
と、ドキドキしていたが
娘は2人とも早々に慣れて
親がどちらかと言うとあっけにとられている感じ。

2人とも体力がついていて
集団に入るにはちょうどよかったのかもしれない
と、思うくらい。

一番からだもこころもついていけてないのが私。
3人目の妊娠にして初めてのつわり。
加えて、ろう学校への毎日の付き添い
ろう学校から出される親への宿題。

自分が小学校1年生の時は新しいクラスも宿題も
初めて聞く校長先生の話も通学路もなんでも楽しくて
あっという間に新しい生活に慣れていた気がするんだけど
33歳ではそうはいかないらしい・・・。(←あたりまえw)
妊娠初期なのが一番つらい理由なのだろうとも思う。
いつもよりネガティブな思考なのを感じるし
悲劇のヒロインになろうと思えばいつでもなれる。

でも、実はさほど悲劇のヒロインでもないから
冷静になってポジティブな私が出てくると大笑いな内容。

一番大変なのはオットさんで
私の八つ当たりの対象になり
家事も、子どもの相手もいつもより増量
だけど仕事もせんならんという
すみません、ありがとう。
この場を借りて謝罪と感謝を述べとこう。
もうちょっとお付き合い願います。

でも、このブログを書いている今も
なんだか涙がぽろぽろこぼれてくるので
自分の限界なんだろうと諦めて
今日は静かに過ごしたいと思います。

幼稚園で初めて熱を出した時
しんどいんだけどどうすればいいのかわからなくて
皆で椅子に腰掛けて先生のお話を静かに聞いている最中に
急にうわーんと泣きだしてしまったことを思い出す。

4才の時の私も33才の私もあまり変わらない。












2013年4月18日木曜日

かつら

看護学生の時にかつらの先生がいた。
女の先生なのだけど「あれはどう見てもかつらだろう」
と、学生の私達の間でときどき話題になった。
とても優しくおっとりした先生だった。

そして、彼女は私たちが4年で卒業する前に亡くなった。

一年生の時からみてもらっていたけど
全然知らなくて、彼女は癌で抗がん剤で治療をしていたから
かつらだったんだ。と、お葬式で思った。
あの人は、妻であり、3人の子供のお母さんであり
闘病しながら学生を教えていた看護の教員だったんだ。

わたしはそんなことにも気づかない
かつらが気になる一人のアホな看護学生だった。
知らなかったこと、自分で思いつかなかったことを
恥じた。

でも、今でも思うのは先生はなぜ言ってくれなかったんだろう。
ということ。
そりゃ、言わない理由なんて山ほど思いつくけど、
私は先生が生きてる時に知りたかった。

アホな学生だったから、いろんなことをだらだらと思い返しては
恥ずかしくなったり、後悔したり、考えなおしたり、納得したりする。
そんな日々。

春は、なぜかいろんなことを思い出してしまう季節。





2013年4月5日金曜日

かわいさって

「子犬とかのかわいさがわからん。
長く付き合ってきた犬だからかわいいのに」
と言っていたおじさんに会ったことがある。
大学生だった私は、
おじさんの言うことがわかるような気もするし
いや、でも子犬のかわいさも否定できないな
と思いながら聞いていた。

幼い頃は小さいだけでほめられたり
可愛がられたりしたことって、たぶんいっぱいあった。
そういうふうに育ってきた。

今や到底かわいいとは言えないオットさんも
あるいはそう言っていたおじさんも
いや、その辺を歩いているおばあさんだって
かわいい頃があり、かわいがられたのではないかと思う。

いや、なにが言いたいかというと
きっとタマやウタが大きくなって
生意気なことを言っても
たとえ、自分をけなされても
腹が立つ気持ちのその裏っかわには
どこかに、かわいい、という気持ちが流れているんじゃないかと
(いや、正確には流れていて欲しい、かな)
そう、思ったの。

そして、今はおじさんの言葉に愛があるなって思う。










2013年3月24日日曜日

写真に残すこと

今はもう、そんな感じではなくて
元気に成長しているけれど

2才を過ぎて大きな心臓の手術も終えて
これで、大人になれると思った矢先
原因不明の嘔吐する日々が続き、ガクンと体重も減って鶏ガラのようになったタマがいた。

必死で知らんぷりをしていたけど
この頃はもう、ほんとに
いつ消えてもおかしくなかった。

それで、病気の痩せ細った
こんなかわいそうな子をインスタグラムとかブログとかFacebookでアップして
親の私は何が嬉しいんかと
そう思った時があった。

でもね、たとえタマが死んでも
見守ってくれてた人たちが
タマが生きて怒ったり泣いたり笑ったり
していたことを覚えていてくれたら
それは、親の私の救いになるなと
そう思ったの

そんなことを思い出しながら
今も写真を撮る日々。

一億総カメラマンの時代もそう悪くない




2013年2月18日月曜日

おはしの持ち方

まだ私が小学生の低学年の頃に
祖母から、「お箸の持ち方が間違っている。」と
正しい持ち方を教わった記憶がある。
普段とてもやさしく穏やかで、にこにこしている人だったから
強く厳しい顔で言われたことにびっくりした。

祖父が再婚した相手だったから
血は繋がっていないひと。
母がいたりして、遠慮はなかったのだろうか
と、今は思う。

きっと親にも言われていたのかもしれないけど
私の中で、お箸の持ち方は祖母に教わったことになっており
こどもがいる今、それは私の財産で
きちんと伝えたいことのひとつ。

べつに私はお箸の持ち方が正しいことがよい
と、思うのではなくて
祖母が私のことを大切に思って
伝えてくれたことだろうと感じるから
そして、そのことは時に私に自信をくれたから
そう思う。

このエピソードを思い出す時
なんでもかんでも親が教えることはないよね
と少しホッとする自分がいる。

自分のことを大切に思ってくれる誰かが
真剣に伝えてくれることは
こどもの心に残って、おとなになっても
こうして残るんだとわかるから。






2013年2月12日火曜日

こどもはいつもがんばっている

年末から年始にかけて2才になったばかりのウタと
2週間離れていて感じたこと。

2週間ぶりに会ったウタは、別人?と思うくらい成長していました。
毎日の生活の中でぼんやり感じていた成長がはっきり見えたような
ウタがますます愛おしく、わが子ながらすごい!と改めて尊敬できたような
そんな気づきをもらえた2週間でした。

そして本当にありがたかったのは
時にわがままも言ったり、駄々をこねたりしていたウタを
「ウタが一番がんばっているのだから」と辛抱強く見守ってくれていた
私の母をはじめとした家族でした。

離れていても、毎日してくれる報告は
ウタはこんなことができたよ
ウタとこんなことをしたよ
これが楽しかったよ、面白かったよ
ということ。

こんなに駄々をこねて大変だったとか
ずっと抱っこさせられていたとか
わがままばかり言っているとか
しつけが悪いとか
そんなことは一言も言われなかったということ。

それが本当にありがたかった。
それは「ウタが一番がんばっている」
と、思っていてくれたからだと思います。

いつもの日常とちょっと違ったことが起きた時
こどもはいつもがんばっている。
それに気づける自分でいたいと思います。