2013年4月18日木曜日

かつら

看護学生の時にかつらの先生がいた。
女の先生なのだけど「あれはどう見てもかつらだろう」
と、学生の私達の間でときどき話題になった。
とても優しくおっとりした先生だった。

そして、彼女は私たちが4年で卒業する前に亡くなった。

一年生の時からみてもらっていたけど
全然知らなくて、彼女は癌で抗がん剤で治療をしていたから
かつらだったんだ。と、お葬式で思った。
あの人は、妻であり、3人の子供のお母さんであり
闘病しながら学生を教えていた看護の教員だったんだ。

わたしはそんなことにも気づかない
かつらが気になる一人のアホな看護学生だった。
知らなかったこと、自分で思いつかなかったことを
恥じた。

でも、今でも思うのは先生はなぜ言ってくれなかったんだろう。
ということ。
そりゃ、言わない理由なんて山ほど思いつくけど、
私は先生が生きてる時に知りたかった。

アホな学生だったから、いろんなことをだらだらと思い返しては
恥ずかしくなったり、後悔したり、考えなおしたり、納得したりする。
そんな日々。

春は、なぜかいろんなことを思い出してしまう季節。





2013年4月5日金曜日

かわいさって

「子犬とかのかわいさがわからん。
長く付き合ってきた犬だからかわいいのに」
と言っていたおじさんに会ったことがある。
大学生だった私は、
おじさんの言うことがわかるような気もするし
いや、でも子犬のかわいさも否定できないな
と思いながら聞いていた。

幼い頃は小さいだけでほめられたり
可愛がられたりしたことって、たぶんいっぱいあった。
そういうふうに育ってきた。

今や到底かわいいとは言えないオットさんも
あるいはそう言っていたおじさんも
いや、その辺を歩いているおばあさんだって
かわいい頃があり、かわいがられたのではないかと思う。

いや、なにが言いたいかというと
きっとタマやウタが大きくなって
生意気なことを言っても
たとえ、自分をけなされても
腹が立つ気持ちのその裏っかわには
どこかに、かわいい、という気持ちが流れているんじゃないかと
(いや、正確には流れていて欲しい、かな)
そう、思ったの。

そして、今はおじさんの言葉に愛があるなって思う。